夢や目標って必要?

どうも、ヒロキです。

現在、タイのチェンマイで暇を持て余しているので適当にブログでも書こうと思った次第ですw

さて突然ですが、皆さんは何か夢や目標ってありますか?

「お金持ちになりたい」とか「有名人と結婚したい」というファンタジーレベルの夢から、「あの会社から内定もらいたい」「昇進したい」「受験で合格したい」という現実的な目標まで、

人それぞれいろんな夢や目標があるかと思います。

かくいう僕も夢や目標について色々と考えてみたんですけど、、、

結論から言うと、今現在夢や目標と言えるようなものは何もありません。

強いていうなら親より先に死なないことくらいですかねw

ただ、僕は思うんですよ。

夢や目標って無理に持つ必要があるのだろうかって。

夢や目標がなければ生きている意味がないのだろうかって。

昨今、夢や目標を持つことが良しとされ、夢や目標がない人は「大丈夫か?」と心配される、

そんな世の中に生き辛さを感じている人も少なくないと思います(僕もそうです)。

そこで今回は僕が思う、夢や目標のあり方について意見を述べたいと思います。

興味のある方はどうぞ。

目次

夢や目標を無理やり持たされる日本の教育

そもそも、僕が夢や目標について考えるきっかけは何だったのか掘り返してみたら、幼少期からの教育にありました。

初めて夢や目標について考えさせられたのは幼稚園の頃(5〜6歳のころ)の課外授業だった気がします。

一人一枚、将来の夢について書く。

「わからない」は許されない、とにかく何か一つ将来の夢を書けと先生に言われる。

ぶっちゃけ、まだ5〜6歳で人生経験も浅い子供が、将来やりたいことなんてわかるはずもないのに、、

今思えばなんと滑稽な質問なんだと思いますが、当時の瞳ギラギラ純粋ピュア少年だった僕は大真面目に考えていました。

考えても考えてもわからないから、とりあえずみんなが書いている野球選手とかそんな感じの適当なこと書く。

そんなクソゴミ授業は幼稚園に終わらず、小学生になっても定期的に開催される。

小学生になると将来の夢をみんなの前で発表するという、地獄のアップグレード付き。

んなの分かるわけねーだろボゲがw

でも、今思えばよく考えられているなーと思うわけですよ。

だって、将来の夢や目標をみんなの前で堂々と「ありません」なんて言おうものなら恥をかくし、先生にも怒られる。

こうした地獄の発表会を繰り返すと人は、

「夢や目標がないとヤバい」

と無意識に思うようになるわけですよ。

「あいつだけ夢や目標がないんだって!?ヤバいよね〜」

と吊し上げられる。

だから、皆必死に夢や目標を見つけようとする。

何かしなきゃと焦る。

こうして夢や目標に囚われる従順な大人が完成するというわけです。

これすなわち、従順な労働者を作るための日本の教育システムなのでは、と。

今思えば、してやられたな〜と思います。

夢や目標がなければ何もしなくていい

夢や目標を持つことが正義とされている世の中で、じゃあ夢や目標がわからない人はどう生きていけばいいのか。

これは僕の経験則ではありますが、

夢や目標がなければ何もしなくていい

そう僕は考えています。

焦って無理に行動を起こしても空回りする可能性が高いし、むしろエネルギー消耗して日常生活に支障をきたしかねません。

これすなわち、車の運転で目的地を決めずにただ闇雲に走り続けるのと同じです。

(ガソリンも無駄に消費するし、何より運転手が疲れます。ただし、目的のない旅やドライブが好きなら話は別です)

目的地がわからないなら、最初から運転しない方が賢明。

僕もそうでしたが、人間って「何もしない」を続けていると自然と何かしたくなる生き物なんです。

なので、今特にやりたいことがない人はあえて何もせず、

何かやりたいことが思い浮かんだ時に備えてエネルギーを貯めておくのがオススメです。

やりたいことを見つけるコツは、「小さいやりたいこと」を見逃さないこと

「やりたいこと」と聞くと、何か世の中を変えるような大きなことでなければならない、

自活できるレベルでお金を稼げることでなければならない、、

みんなから認められるような活動でなければならない、、

など、「やりたいこと」のハードルを無意識に上げている人って結構多いんじゃないでしょうか。

かくいう僕もその一人でございますw

けど、この思考こそすでに日本の夢目標ピーポー育成計画に洗脳されている証拠でもあります。

「やりたいこと」は何も世の中を変えるレベルの大きいことだけじゃなく、

「美味しいもの食べたい」「YouTube観たい」「寝たい」「うんぴ💩したいw」といった日常の些細なことでも全然いいんです。

やりたいことが見つからないって言う方のほとんどは、おそらく「大きいやりたい事」に囚われすぎて

日常の「小さなやりたい事」に目を向けていないのではないでしょうか。

実はこの日常の「小さなやりたい事」の中に、「自分が本当にやりたいこと」が隠れていたりするものです。

僕のやりたいことの一つにブログがありますが、ブログだって最初からやりたかったわけじゃありません。

最初は日常の些細なことを日記にして後で読み返してみたい、と言う軽い興味本位から始まり、、

日記をつけ始めるうちにブログをやってみたくなり、、、今に至ります。

このように日常の小さなことに目を向けてみると、意外とやりたいことが思い浮かんでいるし、それを実践していることに気づいたりします。

これを習慣化して辛抱強く続けていくと、気づけばそれが人の役に立っていた、仕事になっていた(稼げるかどうかは別)、なんてこともあります。

なので、やりたいことがなくて悩んでいるなら、まずは日常の小さな「やりたい事」に目を向けて実践する、

言い換えれば、自分の小さな心の声を聞き逃さずに行動に移してみる。

たとえ自分のやりたい事が人の役に立ちそうにない事だって全然いいんです。

全ては自分のため、自分を幸せにするためにやりたいことをやる。

そうすれば自分がハッピーになるし、そんなハッピーオーラ全開の人には運やチャンスが巡ってきて

いつか人生の転機がやってくるかもしれない。

いつか彼女ができるかもしれない、、、

そんな期待を抱きながら、日々小さなやりたいことを実践中の、

絶賛彼女募集中の37歳独身男でありますw

(なんか説得力なくなってきたw)

最後に

今回は夢や目標について考える回でしたが、

人生37年間振り返ってみると、夢や目標って持とうと思って持つものではなく、

気づいたら夢や目標になってた、なんてことが往々にしてあります。

やりたい事がないとか言いつつも、自分が気づいていないだけで周りから見たら十分にやりたい事やっているじゃん!って人もいます。

夢や目標を追うのは良い事だとは思いますが、あまり夢や目標に囚われすぎて足元にある幸せやチャンスを見逃してしまっては勿体無い。

なので、焦っている時ほどまずは立ち止まって自分の小さな望みに目を向けてみる。

そうすると、小さな望みの積み重ねがやがて大きな望み、言い換えると夢や目標に繋がる気がする。

僕はそう思います。

長くなりましたが、以上です。

最後までお付き合いいただき、サンキューベリーマッチョ!

では、バーイ!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

愛知在住の36歳独身無職ブロガー。28歳に大手企業を退職し、NZワーホリや全国各地アルバイトを経て2022年からはブロガーという名のほぼニートのような生活をしています(笑)無職なのに旅行したりと自由奔放に生きた結果どうなるのか?その過程と顛末をブログで発信します。良い子はマネしないでねw

コメント

コメントする

目次